2001 年、アメリカ発のテロ同時多発事件が世界の航空業界にかつてない大きな衝撃を与えた。言うまでもなく、中国航空市場も例にもれず、旅客の搭乗率が極端に低下し、航空会社
の多くが惨澹たる経営状況に陥った。
いずれの会社も打開策に悩み、先行きが見えない深刻な危機の中、ある航空会社が水面下でアメリカの関連会社と打診を始めた。その会社が深圳航空だった。
その後、一年にわたる商談がまとまり、6 機ものボーイング機がアメリカから深圳に飛来し、深圳航空の規模は大きくなった。当時、中国の航空機輸入の総数は20 機だったが、深圳航空がその三分の一を占めた。それに加え、商談のタイミングが絶妙だった。輸入コストが普通より20 パーセントほど削減できるようになったのだ。 これは現在でも危機をチャンスに転化した典型的な
商戦案例だといわれている。
2005 年11 月、深圳航空は株式再編により、中国最大の民営航空会社となった。新しい株主は飛躍的な発展を促進するため「369 発展戦略計画」を制定した。
その計画は三段式ロケットの発射のようになっている。第一段階(2006 年~ 2008 年):三年で飛行機の保有数を60 ~ 70 機に。大型航空会社の仲間入りを実現。第二段階(2009 年~ 2011 年):六年で飛行機の保有数を100 機に。国内のブランド航空会社になる。第三段階(2012 年~ 2014 年):九年で飛行機の保有数を160 機に。世界大手のブランド航空会社の仲間入りを実現。
「369 発展戦略計画」の実施にともない、深圳航空は新たな文化体系を創りあげた。また、一連の人材戦略やイノベーションの実行が可能となり、企業内の実力と対外的な影響力が一層強まった。
1992 年11 月の創業以来、深圳航空は16 年の安全飛行記録、15 年もの連続営利で脚光を浴びている。現在、総資本が200 億元を超え、ボーイングやエアバスを含む飛行機の保有数が160
機、国内外の航空線路が300 本、従業員が15000 名に上る規模の企業に成長してきた。 去年、深圳航空は四川大震災救援のため、無条件で4000 トンの義援物資を運び、延べ1350 人の救済人員、3 億人民元を超えた規模の陣営で救援活動にあたった。飛行機の出動が一番早
く、本数も一番多く、積載量も一番大きい航空会社として政府と社会各界から賞賛の声があがった。