価値観とは何
国の偉い方は、いつも「価値観」という言葉を口にして物を言ったり、後進国を非難したりして、自分たちこそ正しい自分たちの価値観こそ、世界普遍的なものだと訴えているようである。 本当に世界普遍的な価値観というものがあるのであろうか、価値観を定義してみよう。価値観とはある歴史段階のある地域の人間たちがこの世の物事に対する見方、或いは考え方にすぎない。 先進国の方方が主張している世界普遍的な価値観は、民主自由だけみたいである。だけど、一番人間の見方と考え方に影響を与えるものは宗教なのである。宗教が古代奴隷社会、封建社会から伝わってきたもので、宗教さえ信じていれば、人間は不自由な存在になってしまうのではないか。例えば、その宗教のルールを越えていくことができなくなるから。異教徒間の結婚、異教徒間のつながりなどの自由が許されているの? 絶対的な自由がこの世にあるもんか。ないと思う。 一番普遍的な価値観の存在というと女性の美しさに対する見方と言える。例えば、ファッションモデルの場合、すんなりとした姿の、顔つきの覚えやすい子が推しょうされてきたが、でもそれをやりすぎて厭食症になって死んでしまうモデルが次々に出たので、ファッション業界では、やむを得なく痩せすぎているモデルの出演禁止という策を打ち出した。そして、女性の美しさと言えば、中国の唐の時代では太っている方がいいので、楊貴妃が出た。宋の時代では、痩せた方がいいと思うようになり、女性たちはみんな痩せることに工夫するようになった。ちょうど今の世界の流れが中国の宋の時代の基準がすきなようである。しかし、タンガーでは、太い方がいいとの価 値観なので、女性たちはみんなどう太くなるか懸命に頑張っている。アフリカのある国では、首が長いことで美しいものだと考えているので、女性たちは幼いころから、首に金属のリンクを徐々にひとつひとつずつ付けていって首を長くしていく。だから、世界普遍的な価値観が難しいものだ。 日本の政治家たちがよく主張しているのは同じ「価値観」の国々との連携を強めていこうということである。但し日本人と欧米人及びインド人の間には、本当に同じ価値観を持っているのか。まず宗教に関する考え方には違いが大きすぎる。むしろ、本人と中国人は、本当の意味での宗教をもっていない面では一致している。即ち、日本人と中国人こそ、このあたりの価値観が似ている。 さらに、日本人も中国人も「もったいない精神」、「けんやく精神」、「貯金の執念」、 「親孝行」などの価値観を同じように持っているが、欧米の人間たちはどうも上記のような価値観を持っていないようである。 特に消費の価値観の面で、日中が似ているこそ今回の世界的な金融津波から両国の経済を一番守ったのではないかと思う。欧米には、日中の消費価値観とうんと違うので、それであってこそ欧米発端の消費文化 (価値観)による金融津波を起こしてしまっ たのではないのか。 中国人が安徽省にある黄山に登った場合、多くの人々はその頂上に設けられた鉄のデッキに鎖をかけて、自分の福とか、愛情を祈る。日本人が瀬戸内大橋に登った場合、多くの人々はその安全フェンスに鎖をかけて、男女の愛、福などを祈る。日中両国人の考え方が同じではないのか。 だから価値観とはどういうものかともはっきりしていない内、それを変に使って、世界の物事に当てはまることは人ごまかしになったり、政治詐欺になったりする恐れが充分にあるのではないかと思う。 |